SV650で北海道ツーリングに行ってきました(函館~渡島半島(左)~函館~(津軽海峡フェリー)~青森)

<SV650で行く長距離ツーリング29>

予定ルート




7/22(木)

■ 函館朝市で朝食を・・・
朝5時半に起床する。

今日は函館市内の観光地をのんびりと巡ろうと思うので起きるのを少し遅めにした。

起きて最初にするのは空を見ること。空は青い色が一切見えなくて灰色模様。今にも雨が降りそうだが今日は大丈夫だろうか。
天気の事は少し忘れて、すぐ近くにある函館朝市に早速行ってみよう。朝市に行くと既に大勢の人が働いていて活気があっていい。いつもなら人気がない中をバイクで走っている時間だからね。
朝市の中に入るとイカ釣りをしていた。函館朝市の名物らしく、イカを釣ってその場で捌いたものを食べれるらしい。朝早いのに既に大勢並んでいるよ。
さて、どこで朝食を食べようかね。海鮮丼もいいけどやっぱりウニ丼がいいな。適当に歩いて「きくよ食堂」という店へ。
ウニ丼を見ると値段は時価らしい・・・。ウニだけ特別扱いだがせっかくだからね。
きくよ食堂でウニ丼を頼んでみた。ウニがぎっしり詰まっていて見た目も綺麗。一口食べると・・・うん、ウニの濃厚な味が美味しくて御飯とよく合う。ウニが高価な理由は獲るのに手間が掛かって、獲れる時期も決まっているから。そして冷凍保存ができないのもある。つまり味と値段が比例しているわけではないのでウニより安くて美味しい物はゴマンとあるんだけど、せっかく北海道に来たんだからウニを食べたかったというのが心情で・・・。
朝食の後はホテルに戻って小休止。このあと五稜郭に行こうと思ったが、五稜郭タワーが営業するのは10時。時計を見ると現在時刻は7時20分。このままここで時間を潰すのはもったいない気がしてきた・・・。

何気に手に取ったツーリングマップルを見ると渡島半島の左側(国道228号~国道227号)を回れそうな気がしてきた。距離を測ると220キロもあるが今から走れば何とかなるだろう。とりあえず出発してみよう!
■ 渡島半島(左)を走ろう
ホテルを出て函館市街地を走る。今日は本当に曇りが多くて空が優れない。
函館市街地を抜けて国道228号で松前、木古内方面へ。
国道228号を走っている途中にベルトコンベアのような長い建物が海のかなり先まで通っているが、あれは一体なんだろう?
そのうちに海が見えてきた。緑の丘が見えてロケーションは素晴らしいが、肝心の空が暗いので走っていてもイマイチ。走っている道は晴れも曇りも同じだけど、天気で気分がまったく違うので天気というのは本当に重要だ。
電光掲示板には交通安全運動実施中の文字。そう、今日から世間は4連休だからね。交通安全運動は連休中に実施されることが多い。そして交通安全運動とは名ばかりで実態は白バイを中心に点数稼ぎに来ること。さっきも交差点に白バイがいたので気を付けないと。
木古内市街地へ。函館江差自動車道の看板が所々に見えるが、函館江差自動車道は現在、函館から北斗市までしか開通しておらず、この木古内までは今年度開通するらしい。

しかし、木古内から江差までも相当距離があるので自動車道すべてが開通するのは何十年か先か、もしくは凍結するかのどちらかだと思う。
木古内から江差へは道道5号で行けるらしいが、渡島半島をぐるっと回るのでこのまま国道228号で松前方面へ。
そして知内町に入る。聞いたことがない地名が多い。
福島町に入った途端、雨がパラついてきた。雨だけは勘弁してほしい・・・。
このあたりはシカ飛び出し注意の看板が頻繁に出てくる。北海道には全体的にこの手の看板が多いが、福島町には特に多い。
国道228号は市街地が多くて50km/hも多いため、流れがイマイチですれ違うバイクもほとんどいない。すれ違わないのは時計回りのせいもあるかもしれない。(対向側は反時計回りなので必然的に台数が少なくなる)
福島町市街地に入ると千代の富士の旗が見えた。そういや千代の富士は福島町出身だった気がする。その記念館なのだろうか。

千代の富士は昭和最後の大横綱でボクぐらいの年齢(今年46歳)の人は皆知っていると思う。子供の頃は祖父が毎日相撲を観てて、結びの一番の千代の富士の取り組みが終わった頃に母が仕事から帰ってきてたな。35年ぐらい前か。(祖父の家でボクと弟を預かってもらっていた) だからボクにとって横綱といえば千代の富士の印象がほとんどで他はあまり知らない。(貴乃花や朝青龍ぐらい)

その千代の富士は還暦を過ぎて膵臓癌で亡くなったが、母も同じ膵臓癌で亡くなるとは思わなかった。
福島町市街地を越えた先に何か銅像がある!と思わず立ち寄ったのが伊能忠敬北海道測量開始記念公園。

伊能忠敬(いのうただたか)は北海道の測量で多大な功績を残したことでも有名。日本地図を最初に作った人としても有名だが、伊能忠敬の偉人伝は数多く残っており、ボクが江戸時代で天才と思う人物はこの伊能忠敬が筆頭。

歴史上、事を成し遂げた偉人は数多くいるが、天才や奇才という人は少ない。伊能忠敬は稀に見る先見の明の持ち主であると同時に絶え間なく新しい事を学び続け、そして実践し続けた天才&努力の人だと思う。
北海道のこの地を測量の開始としたらしい、その後は厚岸や別海まで歩いたとあるが、ここからだと別海も遠いよ。

3日前には別海にいたが、測量しながら別海まで歩くのは想像がつかんね。普通に歩くだけでも無理。
再びバイクで走って伊能忠敬北海道測量開始記念公園からほど近い場所で停車する。ここは函館から来た目的地でもあるが、ここがどこかというと・・・
北海道最南端の白神岬。最北端は非常に有名な宗谷岬だが、北海道最南端はあまり知られていない。(ボクもツーリングマップルで調べるまで知らなかった) ここは北海道の最南端だが、本州最北端の大間崎より南に位置するらしい。
「海底下の列車のひびき」とは津軽海峡線(青函トンネル)のことだろう。青函トンネルの開通は昭和63年だが、このトンネルの価値は人ではなく物流の輸送。

このトンネルのおかげで北海道の物流が天候に左右されない安定したものとなった。物流量も津軽海峡をフェリーで渡るトラックの輸送量に匹敵するらしいから、このトンネルの存在意義は大きいと思う。(民間では事業として成り立たないが、国家の基盤として必要な工事が公共事業。なので青函トンネルが赤字云々・・・というのはナンセンス。黒字なら民間でも出来るので国家が関与しなくてもよいが、赤字でも国家として必要なものが国家事業)

ただ、青函トンネルは列車しか通れないので昨日記載した通り、1日でも早くクルマを通れるようにすべきなのは間違いないだろう。
白神岬から見る海。津軽海峡が見えるような見えないような・・・。天気が少し良くなってきたかな。
函館から北海道最南端の松前町まで走ってきた。このあとは江差町まで北上して国道227号で函館へ戻ろうと思う。
少しだけ天気が快復して青い部分が見え始めてきた。北海道最南端にいるからか(笑)
松前市街地をパスして江差方面へ。

時間があれば北海道唯一の小京都、松前町を観光してみたかったけどね。次回に持ち越し。
松前町市街地を越えてから急に開けてきて緑が目立つ道になってきたぞ。
開けてきたので走りが楽しくなってきた。相当走りやすい上に天気も快復してきて緑と青、白の景色が映える。
風車も多い。北海道自体が広大なので色んなところで風車を見掛けるが、風車があるところは広大な場所で開けているところが基本なのでツーリングルートを決めるときに風車のある場所というのが一つのポイントになるかも知れない。

(調べてみると日本で風車があるのは海岸線が中心で内陸はほんとどないようなので一概に風車がある場所がツーリングルートのポイントともいえないかも。風が強いのは海側なので風車が海側にあるのは当然といえば当然)

風車自体もサイズは色々あってよく見るのは大型のものだが、小型の風車もあって近くで観察してみると面白いかも知れない。
このルートはオロロンラインみたいで走っていてホントに楽しいよ。(このままひたすら海岸線を走っていけばオロロンラインに出るのだが) 正直、道南にこんなルートがあるとは思わなかったよ。
道の駅があるようなので少し休憩しよう。「上ノ国もんじゅ」という所で停車する。
「もんじゅ」とは変わった名前だが、この名前は原発のイメージが強いのであまりいい印象はないが、そこの先にある文殊岩から来ているらしい。
道の駅に入ると絵が目に付く。漁で獲った魚を女性が運んでいる様子。昨日今日と渡島半島を走って改めて思うのだが、日本は昔から漁業で生活を営んできたという一面を本当に強く感じる。島国で資源がないといいつつ、海の資源は豊富にあるからね。もっと海洋資源発掘に力を割けたら国家として強いものになると思う。

(原発やダムを中心とした利権だらけの公共事業のせいで本当に必要な整備が進んでいない。未だに無電柱化が進まずに下水整備もままならず、道路整備も最低レベル。こんな状況で資源開発になんてパワーは割けないよね。小学校のときはアメリカについで世界第二位の経済大国なんて教育されて誇らしかったが、歳を取れば取るほど悲惨な面が目に付くようになって悲しいよ)
幕末に昇平丸という軍艦があったらしく、それが上ノ国町の沖に眠っているらしい。昇平丸は薩摩藩が建造したらしい。

幕末の薩摩藩は当時幕府に唯一対抗できる強藩で明治維新の立役者。軍艦を作っていたと聞いても不思議ではない。薩摩藩以外ではまず建造できないだろう。薩摩藩の強さは凄まじく、当時、諸外国と比べて圧倒的に力の劣る日本の中でフランスと互角の戦いをしたぐらいだからね。

彼らをみていると今の日本では想像ができないぐらい国にたいしての熱い想いがあったはず。諸外国から日本を守るために命を掛けて自分の信じる道を進んできた。

ただ、薩摩藩の躍進の裏でその圧政に苦しむ人が大勢いたのはあまり知られていない。奄美大島の黒糖など絞りに絞り取られてきた過去がある。
上ノ国町も見所は沢山あって見に行きたい場所が多い。コロナウイルスが1日でも早く終息して、仕事も引退してじっくりと北海道に腰を据えて観光したい!
さて、再び出発しよう。道の駅を走り始めてすぐに環状交差点の案内が出てきた。土地が広い北海道で環状交差点とは珍しい。一瞬、どこで出ればいいのかわからなかったので一周してしまった。

(調べてみたらここは北海道初の環状交差点とのこと。札幌市周辺でないのは意外。現在も北海道には数個しかないらしい)
たまに道路上にこういった不要物が落ちていることがある。バイクはこういったものはより過敏になる。今回の北海道ツーリングではヘビを轢きそうになったりもした。(どこだったかは記憶にない)
江別町市街地に入って奥尻島フェリーの看板が出てきた。奥尻島はここからフェリーが出ているのか。

(奥尻島は1993年に震災があったのでその印象が強く記憶に残っている。奥尻島出身のオリックスの佐藤義則投手の関係者が被災したという報道を覚えている)

北海道に1~2か月滞在できればこういった離島への訪問もしてみたい。
江差に入って函館の看板が出てきた。今までは函館から遠くなっていく一方だったけど、ここからは国道227号経由で函館に行くほうが近くなる。
道の駅「江差」を通過する。ジェットスキーが多いが江差町は結構盛んなのだろうか。
国道227号と国道229号の分岐が出てきた。函館方面に戻るので国道227号へ。
国道227号に入って道の駅「あっさぶ」を通過。ここは8年前のツーリングで立ち寄った場所なのは何となく覚えている。
道道で落部方面(八雲町)へ行けるらしい。今回はそのまま真っ直ぐ進む。
前が詰まり気味で流れが悪い。8年前もこの道路を走っているが印象に残っておらず、走りとして楽しめるルートではないのは確か。
そして国道227号の面白味のない道を淡々を進んできて、函館市街地までかなり近づいてきた。今日は函館から青森まで夕方にフェリーで渡る予定だが、このペースだと1本早い14時過ぎのフェリーに乗れるかも。

函館から青森の航路は4時間近くも掛かるので、1本早いフェリーに乗れれば夕方過ぎに青森に入ることができるが、予定の函館夕方発のフェリーだと青森入りは深夜になる。
函館市街地に入ってきた。この後は五稜郭に行ってフェリー乗り場に行く予定だが、1本早いフェリーに間に合うか微妙な感じ。間に合わなかったら更に函館観光をして夕方にフェリーに乗ればいいのであせらず安全運転で。
五稜郭公園の看板が出てきた!もう少し。
そして五稜郭公園に到着!事前にバイクが置けることは確認していたが、どこに置けるのか探すのに手間取ってしまった。さて、今回のツーリング最後の目的地の五稜郭タワーに登ろう!
松前町から上ノ国町~江差町~厚沢部町経由で函館まで戻ってきた。朝から渡島半島(左)をぐるっと回ってきた。
 
■ 五稜郭タワーとその後
五稜郭タワーに急ごう!中で入場券を購入してすぐに上に登る。
五稜郭は幕末に江戸幕府が築造した城郭。なので幕末に関わる書き物が多い。当時、日米和親条約(不平等条約)によって下田と共に箱館を外国に開港する際に五稜郭が築造されたことは有名。
五稜郭タワーの頂上から。高い場所から見ると五稜郭公園の形がよくわかる。五稜郭は函館の名所でもあるが日本を代表する観光地で知らない人はいないだろう。桜が咲く時期の景色も爽快らしいので機会があれば再度訪問したい。
展望台はカップルも多い。一人旅の場合、少し寂しくなる。愛がどうこうとのたうち回るのは最初だけだよ(笑)
五稜郭公園と反対側は函館山が見えるはずだが雲が多くて山が見えない。しかしこうやってみると函館の街も大きいね。
展望台を降りた先のカレー店。函館カレーというのがあるのは知らなかった。昼時でちょうどいいんだけど、14時過ぎの青森行きのフェリーに乗りたいので泣く泣くパス。
下に降りてきた。土方歳三の銅像がある。そう、五稜郭といえば土方歳三というぐらい有名。京都で近藤勇と共に新選組の結成して鬼の副長として名を馳せた土方歳三。

討幕派浪士を排除してきた彼だが、尊王攘夷はさらに加速、薩長の力に幕府が抵抗できなくなり、新選組も京都から徐々に日本を追われて土方歳三が最後に辿り着いたのがここ五稜郭。その五稜郭での戦いに敗れて戦死したのはあまりにも有名。

坂本龍馬が言っていた徳川幕府も一大名として諸外国に対抗するための力と出来ていれば日本の歴史も変わっていたかも知れないが、人の思想を変えるのは今も昔も現実的ではないようだ。
新選組が歩んできた道も歴史を見る限りは誤りだったのは間違いないが、幕末人たちは命を掛けて国の為に奔走してきた。そんな彼らが今の日本を見ると深く絶望すると思う。自分たちが信じて命を掛けてきた日本という国はこんな悲惨な状況になっているのかとね。

今の日本には自分の命を犠牲にしても国を想う政治家など1人もいない。自分の利権の為に国民を欺き、そして民衆を犠牲にする。尊王攘夷として今の日本政府を討てればどれぐらいの人が救われるだろうか。戦後、最も悲惨な政治が今の状況だと思う。(東日本大震災で原発崩壊から10年間、ずっと悲惨な状況は変わらない)

悲惨な国家でやりきれない気持ちだけど、やはり日本人として日本に少しでも良くなって欲しいと思う。ボクができることは何なんだろう。
さて、五稜郭を後にしてすぐ近くのフェリー乗り場に向かおう。現在時刻12:14なので14時過ぎのフェリーに乗れそうだ。
五稜郭から10分ほど走ってフェリー乗り場に到着。さっそくチェックインの手続きをしよう。
事前に17時半のフェリーを予約していたが、14時10分のフェリーに空きがあったので変更することが出来た。もう少し天気が良ければあと3時間函館観光をして予定通り17時半のフェリーに乗っても良かったんだけどね。
函館港(津軽海峡フェリー)の函館フェリーターミナルにて。今回の北海道5日間も去年同様によく走った!そして今年の北海道は暑かった!でも事故もなく怪我もなく、楽しく走ることが出来て本当に良かった。いつもは小樽港が北海道のゴールだが今回は少しルートを変えて函館から青森に渡って、青森から横須賀まで自走して東京九州フェリー(今月就航)で北九州まで帰ろうと思う。帰り道はいつもと雰囲気が違うので楽しみだ。
出航するまで1時間以上あるので荷支度をしていたら、後からハーレーがやってきて、その方から待機場所が違うのでは?との指摘を受けてバイクを移動することに。このフェリーターミナル、駐車場に係員もいないしバイクの待ち合わせ場所も窓口で聞いたけど本当にわかりにくい。
そのうちに係員に指示されて正式な乗り場に案内されたが、既にBMWバイクが1台待機中。さっきのハーレーの方もやってきて、3人でしばしバイク談義。

ハーレーの方は山形県の方で今週山形を出発して利尻島や登別を走って来たらしい。BMWライダーの方は札幌市出身で今から岩手の八幡平を走って大間崎でマグロを食べて札幌に戻るらしい。
ハーレーもBMWもボクからすれば高嶺の花(笑)

ハーレーは愛好者が多いよね。あの独特のサウンドは今でも羨ましいと思う。YouTubeでサウンドだけ聞いて悦に入るときもあるよ。ただ重量が凄いのでボクの体格ではとても乗りこなす自信はない。

BMWは昔から興味があって、シャフトドライブ主体なのが羨ましい。チェーンはメンテが面倒で雨の日に走ると億劫になるからね。バイクが本当に面倒な乗り物なのはチェーンの掃除が大半を占めるからと言っても過言ではないぐらい。万が一、SV650を手放して次にバイクを買うとしたらBMWがいい。(金は別として) BMWのデザインは全般的にボク好み。
船内へ。この船は箇所ごとに広い部屋があってゴロ寝ができるスペースがある。いつもボクが乗るフェリーは阪九フェリーや新日本海フェリーなど大型船か、国道九四フェリーなどの小型船なので、こういった中型船は久々。宇和島運輸フェリーや南海フェリーは中型船なので似たような船内だ。
電子レンジがある。大型船だと食堂があるけど中型船は食堂がない代わりにレトルト食品があるのでそれを食べるために必要。
レトルト食品も色々あるね。北海道らしく「かにめし」がある。炒飯なんてどうやって食べるの?と思ったが、袋自体が皿になるらしい。よくできているね。
そしてハーゲンダッツがあったので早速購入。最近、ハーゲンダッツの自動販売機をよく見掛けるようになったけど、これって心理的な部分をよく突いているよね。コンビニでは買おうと思わないけど、自動販売機にあるとついつい買ってしまうからね。
フェリーに乗ると色んなものを模索してしまう(笑)

電車や新幹線、飛行機だとここまでワクワクすることはないがフェリーだとなぜか船内を巡ってしまう。フェリーは先の乗り物より空間が圧倒的に広いし、単なる移動手段ではない魅力があるんだよね。クルマとバイクの違いと同じかな。
その後は先ほどのハーレーの山形ライダーとまたバイク談義。ハーレーのIさんは何と御年68歳!見た目60歳ぐらいと思っていたが、70手前であの重いハーレーを運転しているとは驚いた。しかしもっと驚いたのはハーレー仲間に84歳がいること!うーん、凄い。

その後はBMWの札幌ライダーさんも合流してバイク談義に花が咲く。BMWのKさんも63歳との事でこれまたびっくり!!見た目50代真ん中ぐらいと思ったのでね。お二人とも年齢以上に見た目も考えも若くて、生き生きしてて凄いよ。最近あと何年バイクに乗れるのだろうかと考えたこともあったが、この2人を見ていると20年も30年も乗れそうな気がしてきた。人間は生き甲斐と意欲が大切と痛感した。歳のせいにしているうちはまだまだ甘いな。(会社でも言い訳として使うが金輪際、この考えは排除しよう)
そしてさらに偶然だったのが、青森で宿泊するホテルも3人とも同じということ(笑) 偶然って凄いね。これも何かの縁ということで連絡先を交換して青森で夕食を一緒に行くことに。

ツーリングしていて良かったなと思える瞬間ってこういうときなんだと思う。人の縁というのは大切。この歳になってつくづくそう思う。

そんな話をしていたらあっという間に青森まで到着。
さてと、とうとう北海道を離れて青森県にやってきた。これからはひたすら横須賀まで南下する旅になるが、本州でも気を抜かずに安全運転で走ろう!
青森港で下船する。青森県に来るのは9年前の東北ツーリング以来で2回目。
BMWライダーKさんに連れられて走る。

青森県に入っても天気が悪い。今日は終日天気が優れなかったが、明日は雨だけは降らないで欲しい。
そしてやってきたのは「ひらこ屋 きぼし」という中華そば屋。にぼしで出汁を取る中華そば屋らしいが、にぼしの出汁で食べる中華そばは初めてだ。
早速3人で中に入って注文する。値段はかなり良心的。

青森というか、東北といえばラーメンの印象が強い。ちなみにラーメンの外食費用は山形県が一番らしい。
(山形、青森、福島が印象強い)

福岡、しいては九州もラーメンは多いが豚骨が圧倒的で豚骨嫌いも多いのでそれが全国受けしないのかもしれない。(福岡人のボクは豚骨があまり好きではない) 一風堂や一蘭は県外向けだからね。
出てきたあっさりの中華そばと賄いチャ飯。中華そばはあっさりとはいいつつ、かなり煮干しの味が効いていて評価がわかれるところ。(ボクにとっては濃いすぎた) ただ、麺の太さや味、チャーシューは抜群で煮干しに抵抗がなければ相当いいと思う。御飯はベターで御飯だけ食べに来る価値があるぐらい美味かった。
さて、その後は今日宿泊するホテルへ向かう。今日宿泊するのは「ホテルルートイン青森中央インター」

到着後、無事に3人ともチェックインして・・・と思ったら、Iさんの予約がうまく出来てなかったみたいでフロントと色々やり取りがあったようだが何とかなったみたい。とりあえず部屋が取れて良かったよ。2人とはここで御礼を言ってお別れ。(また縁があれば会いましょう)
そして部屋に入る。昨日までの東横インと比べると若干古さを感じる。これで7000円オーバーは正直高い気がするが、今日は4連休初日で空きがほとんどなかったからしょうがない。
実際の走行ルート

北海道最終日は函館から渡島半島(左)をぐるっと回って函館に戻ったあとに青森まで。今日は終日天気が悪くて景観はイマイチだったけど、函館朝市でウニも食べれたし、渡島半島の松前から上ノ国までの快走路も楽しめたし、函館港で素晴らしい出会いもあったし、非常に楽しい北海道最終日だった。明日は青森からひたすら本州を南下して横須賀まで出て、横須賀から東京九州フェリーに乗って北九州に戻りたいと思う。

今日の走行距離:249km

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